地下

チャーリーを漕いでいると毎日思うのは、このコンクリートの下の世界は一体どうなっているのだ! 我が前世であるミミズやもぐらたちは生きていけてるのか? 微生物は呼吸できているのか? そう思いながらペダルを漕いでいると息苦しくなります。奥多摩や山梨、埼玉の峠道を走りに行くと、山の際は殆どコンクリートで固められています。それによってひ弱なチャ輪子ライダー達は土砂崩れから身を守られているので、当たり前のように思うようになってしまいました。けど去年サンフランシスコから久々に帰国した sako さんに、やっぱり石で固められた山は異様だ、と言われ、自分も考えを改めました。
自分はチビっ子時代を京都の伏見で過ごし、日々の日課醍醐寺の散歩と三宝院の裏山登りでした。自然の側に住んでいると山の景色とか当たり前に思うかもしれないけど、ミヤコ東京に住んでいるとどうしても自然の恩恵を忘れがちになります。私は数年前に八間しました。山は遠くにあるようで意外と近くにもあるな、ってことです。里山なら高尾とか丹沢・大山、奥多摩は定番でモノスゴク近いです。城山の茶屋の番頭ともすっかり仲良くなってしまいました。そして関東平野に突如現れた茨城の筑波山。ここは今春の遠足で行くことになっていますが、近くにゆーとぴあという廃村があり、そこにいまも忍者屋敷の跡があるのです。この戦国の世を生き抜くために私はそこで手裏剣の投げ方や鎖鎌の使い方を覚えました。武術は身を守るためのもの、攻撃するためのもの、などありますが、忍体術は、人を殺(あや)める為の武術です。だから狙いどころはあんたの中心、ではなく、眉間や股間などが中心です。
話がそれましたが、というか最初からずる剥けで、すみませんでした。